Satcth Cycle
ロードバイク、シクロクロスな自転車ブログ
Life

【コラム】子育てと自転車

先日、今春社会人になった息子と一緒に登山に行ってきました。

私自体登山初心者なので、もちろん息子と一緒に山に登ったことはありません。
自転車は今では全く付き合ってくれませんが、山登りなら一緒に行ってみたいとのこと。

急な話で新たな山を調べる時間もなかったので、ひとりで登ったことのある日光の男体山に連れて行きました。

息子撮影

日光に向かう車中や、山を登りながら、過去のこと、未来のこと、色々話をして色々思い出しました。

昔話になりますが、よろしければ少しお付き合いください。

転勤で沖縄に行った時、子供たちは幼稚園と小学生。

通っていたスイミングスクールにトライアスロン大会のポスターが貼ってあり、それに出てみようということになった息子と夫(夫も経験なし)。

そこから我が家のスポーツライフが始まりました。

息子は、大会に出てすっかりトライアスロンの魅力にハマり、沖縄のチームゴーヤーというトライアスロンチームに入ることに。

そのうち妹も一緒に練習に入れてもらうようになり娘もトライアスロンデビューしました。

沖縄の写真データが見つからず東京のオールキッズトライアスロンの写真です。
兄と妹

朝6時半からのスイム練→バイク・ラン練に私が送り迎えすることに。
毎週土曜日、子供たちを朝5時に起こして沖縄市から那覇市まで車で1時間、よく通ったものだと思います。
(その時にスキマスイッチの「全力少年」をいつも車内で掛けていたので、私も子供達もこの曲を聴くと沖縄のあの熱い日々を思い出します。)

そのうち練習を見ているだけではつまらないと、私も一緒に練習に入れてもらうようになり、私もトライアスロンデビューしました。(オリンピックディスタンスのレースだけでロングは走ったことがありませんが)。

その後、東京に転勤。

最初は立川の昭和記念公園で開催されるオールキッズトライアスロンなどに出ていたのですが、苦手なランの強化に、と入った陸上クラブにハマり、息子も娘も陸上だけをするようになりました。
その陸上クラブが自宅から少し遠かったので、また私が平日週2回、夜7時からの練習に送迎することに。
そこで私も一緒に走らせてもらい(←またかーいw)、練習して走れるようになってからはKm5:15~5:30ペースで走る子供たちのペーサーをさせてもらったりしました。

私もスイムの練習はほとんどしなくなり、たまにロードバイク、メインはランに。

息子の駅伝大会が近づく時期には、息子は小学校に行く前、私は仕事に行く前、
夜の練習に加えて週1回、息子と一緒に朝4時半に家を出て寒い中クラブの朝練に向かった日々も良い思い出です。
いつも自分の練習に必死で息子が走ってるところはほとんど見てないw

そして今度は大阪へ転勤。

子供が中学生になって陸上部に入るとやっと私のお役は御免。

私は自転車の面倒を見てもらうようになったショップの毎週土曜日のロードバイク練に行くようになり、大阪では自転車がメインに。

週末の土日は子供たちの朝ごはんや必要な時はお昼のお弁当を置いて早朝出かけるようになりました。雨で家にいると、子供たちが起きてきて「今日雨か!」って決まって言うというw

部活に遅刻するのは本当にヤバい(らしい)ので、部活に寝坊した!ということはほとんどなかったようですが、

一度土曜日が学校の日、起きたら9時だったようで
「お母さん!学校にお腹が痛くて遅れていると電話して!!」と、

山の中をゼイハァ走っている最中に泣きの電話が掛かってきたことがあります。
(週末は学校でも部活でも自己責任でお願いしておりましたw)

息子の陸上競技会や駅伝大会が関西各地で行われる際には、必ず自転車で走って応援に行きました。

堺市の自宅から淀川河川敷での駅伝大会の応援にいくのに、直接行くと平坦であっという間に着いてしまうので、柏原のぶどう峠を登って生駒の方から淀川河川敷に行ったり。
ピチピチ短パンの自転車ジャージで応援に行くので、さすがに友達の手前、嫌だろうと思って息子に声を掛けませんでしたが、

「応援に来てくれてたのであれば声を掛けてくれればよかったのに」といつも優しいことを言ってくれていたのを思い出します。

息子が関西の大学に進学した年にまた転勤で東京に来たのですが、

関西に遊びに行く際は自由に息子の家に泊めてもらっていました。

私が大学生の時は、親が勝手に自分の一人暮らしの家に出入りするなんて嫌だったと思うのですが

「鍵置いておくから勝手に入って。俺いないけど」と言ってくれる息子。

なんてクリーンなやつなんだって、親ながら思っていました。
私の大学時代は親に勝手に入ってなんて色んな意味で言えないダークなやつだったと思いますw

そんな息子も今春、社会人になって東京に。

まだ人間としてどうかはわかりませんが、一応社会に出るまでになったことは一安心です。

私が親として心がけていたのは2つだけ。

①私が食べさせるもので身体は出来ている。子供たちの身体を作っているのは私。

②勉強が出来なくてもいい。「生きる力」だけはしっかり身につけさせよう。

先日の登山でも、息子が「母に勉強しろと言われた記憶がない。」と言っていましたが、確かに勉強しろと私もあまり言った記憶がありません。

勉強したくない、進学したくないと言った時は「それなら社会に出て働きなさい。社会に出て働くのであれば家は出て自分で稼ぎなさい。」と言いましたが。ニートになられるのは困るので。

まだまだ子育てがどうだったのかはこれからの彼、彼女の人生次第ですが、

社会人の息子と一緒に登山できるような関係になれたことは単純に嬉しかったです。

振り返ったらこんなに自分の趣味にばっかり一生懸命なのに笑

ごめんね、子供たちよ。

こんな母に優しくしてくれてありがとう。